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東京高等裁判所 昭和25年(ネ)989号 判決

控訴代理人は「原判決を取決す。被控訴会社は控訴人に対し、東京都豊島区巣鴨六丁目二十番地の二所在(家屋番号甲二十番の二)鉄筋コンクリート建二階建店舗一棟、建坪四百八十五坪九勺、二階三百七十一坪六勺の内、階下二百坪、二階二百坪、合計四百坪(別紙図面<省略>中、階下において(イ)(ロ)(ハ)(ニ)(ホ)(ヘ)(ト)(チ)(リ)(ヌ)(イ)の各点を結ぶ斜線の部分。二階において(ル)(ヲ)(ワ)(カ)(ヨ)(タ)(レ)(ソ)(ツ)(ネ)(ル)の各点を結ぶ斜線の部分)を明渡すべし。訴訟費用は第一、二審とも、被控訴会社の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴会社代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

控訴代理人において「当審においては、本件建物の賃貸借契約が、賃料不払によつて解除になつたことを原因として、被控訴人に対し、別紙目録<省略>記載の部分の明渡を求めるものであつて、原審において請求原因とした(1) 使用貸借、(2) 一時使用のための賃貸借、(3) 正当事由にもとずく解約申入等についての主張はしない。

控訴人は大正十二年九月の震火災によつて罹災した身体障害者を收容して、その職業能力を啓発、向上させる目的で、昭和三年三月に設立せられた財団法人である。

そして本件建物を所有し、この建物に不具者を收容し、職業の講習、義肢の研究、授産等の事業を遂行して来たが、昭和二十年四月十四日の空襲の際罹災し、收容中の者は各自避難したので、事業の継続はできなくなつた。

ところがゴムホースの製造を業務とする被控訴会社の工場も、本件建物に隣接していたため、同日罹災し、ゴムホースの製造ができなくなつたので、控訴人に対し、別紙目録記載の部分を工場として賃借したいとの申入れをした。

しかし財団法人である控訴人が、その所有建物を他人に賃貸して、利益を上げることは、監督官庁である厚生省が承認しないため、昭和二十年五月中被控訴会社との間に、本件建物のうち別紙目録記載の部分を、賃料一ケ月坪当り金十円と定めて賃貸し、その賃料を寄附金という名目で控訴人に支払う契約を締結したが、その賃料は昭和二十四年六月以降総坪につき、一ケ月金二万六千円に値上げせられた。

控訴人は昭和二十五年八月二十九日書面をもつて被控訴会社に対し、同年五月分から同年七月分までの賃料を、同年九月八日までに支払うよう催告したが、同日までにその支払がないので、同年九月十一日本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、ここに控訴人と被控訴会社間の賃貸借契約は終了した。したがつて被控訴会社は控訴人に対し、本件建物のうち別紙図面記載の部分を明渡す義務があるのに、その履行をしないのである。

なお被控訴会社の抗弁に対し、

控訴人が昭和二十五年九月十九日と翌二十日の二回に、被控訴会社の主張する通りの小切手の交付を受け、更に現金を受領し、その小切手がいずれも支払われたこと、被控訴会社が昭和二十五年九月分以降の賃料を供託していることは、認めるけれども、控訴人が受領した賃料は、昭和二十五年八月分までのもので、賃貸借契約解除前の賃料であるから、これを受領したに過ぎない。昭和二十五年九月八日までに被控訴会社から賃料の提供を受けたことはないし、賃料の支払を猶予したこともない。その余の抗弁事実もすべて否認する。」と述べ、

被控訴会社代理人において「控訴人がその主張するような目的をもつて設立せられた財団法人であつて、その所有にかゝる本件建物に、身体障害者を收容していたが、昭和二十年四月十四日の空襲の際罹災し、その建物に隣接していた被控訴会社のゴムホース製造工場も、同様罹災したので、本件建物の一部を工場に当てるため、昭和二十年五月中、本件建物のうち別紙図面記載の部分を、賃料一ケ月坪当り金十円と定めて賃借し、その賃料を寄附金名義で支払うこととし、その後昭和二十四年六月以降、総坪につき一ケ月金二万六千円に値上げせられたこと、控訴人が昭和二十五年八月三十日到達の書面をもつて、同年五月分から同年七月分までの賃料を同年九月八日までに支払うよう催告し、同日までにその支払をしなかつたという理由で、同年九月十一日被控訴会社に対し、賃貸借契約解除の意思表示をしたけれども、被控訴会社において引続き賃借部分を使用していることは、いずれも認めるが、その余の控訴人主張事実は否認する。

賃料は寄付金名義をもつて支払われたため、特にその支払時期の定めなく、多くは被控訴会社の自発的行為によつて支払われ、時に請求を受けても、一、二ケ月後に支払つたこともあり、賃料の授受については、控訴人側として参事島村兵治郎が、被控訴会社側として取締役、総務部長森田銀太郎が、各自控訴人及び被控訴会社を代表して折衝して来たもので、これまで控訴人において賃料の支払時期を一方的に定め、書面をもつてその支払を催告したような例はなかつたのに、控訴人は突然に同年八月三十日到達の書面をもつて、被控訴会社に対し、同年五月分から同年七月分までの賃料を、同年九月八日までに支払うよう催告したものである。

しかもこの催告は、その前文の記載によつて明かなように、控訴人は本件建物を自分で使用する必要があるとして、被控訴会社に解約を申入れ、その解約申入期間経過後の昭和二十五年十二月七日限り、本件建物を控訴人に明渡すべきことを催告したもので(この解約申入は昭和二十五年七月十一日の原審口頭弁論期日に、控訴代理人が陳述した同年六月六日附の準備書面の記載にもとずくものである。)、この明渡の催告に附加して、賃料を催告し、その上電気料や水道料の催告までも含めて催告し、それを控訴人のきめた期日に支払わなかつたからといつて、本件建物の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたものであるが、賃貸借契約を解除する前提として、このような催告をすることは、信義誠実の原則に反するし、この催告を前提として、賃貸借契約を解除することは、長い年月にわたる本件賃貸借の性質に徴し、権利の濫用といわざるを得ない。

被控訴会社は、控訴人が賃貸借契約を解除する意思表示をする前、昭和二十五年九月八日、取締役森田銀太郎をして同年五月分の賃料として金二万六千円の小切手一通、同年四、五月分の水道料及び同年五月分の電気料として、金二万三千六百十円七十一銭の小切手一通を、控訴人のもとへ持参せしめ、控訴人の参事島村兵治郎に、残金八万二千九十円二十四銭について、支払の猶予を求め、その承諾を得た上、前記小切手を交付して、その支払をすませたのに、その後になつて右小切手を被控訴会社に返還し来り、次いで賃貸借契約解除の意思表示をしたものであるから、この契約解除の意思表示は何等の効力がない。

その後においても、被控訴会社は昭和二十五年九月十九日控訴人に対し、前記の小切手二通と、残金八万二千九十円二十四銭に相当する小切手三通、合計金十三万千七百円九十五銭を小切手五通をもつて支払い、更に同年九月二十日、本件建物の同年八月分の賃料金二万六千円を支払い、控訴人はいずれも異議なく受領しながら、同年九、十月分の賃料は、現実に提供しても控訴人においてその受領を拒絶したので、いずれもこれを供託したから、この点からいうも、賃料不払を理由とする賃貸借契約解除の意思表示は不当である。」と述べた。

<立証省略>

三、理  由

控訴人が主張するような事業を目的とする財団法人であつて、本件建物(鉄筋コンクリート造り)を所有していたが、昭和二十年四月十四日の空襲の際罹災し、事業の継続もできなくなつたところ、その建物に隣接していた被控訴会社のゴムホース製造工場も、その際焼失したので、被控訴会社の申入れにより、昭和二十年五月中、被控訴会社の工場に供するため、本件建物のうち別紙図面記載の部分を賃貸することとし、その賃料を一ケ月一坪につき金十円と定め、控訴人が厚生省の監督を受ける財団法人である関係上、その賃料も寄附金という名目で支払うこととし、その後右賃料は、昭和二十四年六月以降総坪につき一ケ月金二万六千円に値上げせられ、引続き被控訴会社において、賃借部分を使用していることは、いずれも当事者間に争いがない。

控訴人は当審において、賃貸借契約解除を原因として、本件建物の明渡を求め、昭和二十五年八月二十九日書面をもつて被控訴会社に対し、即ち同年五月分から同年七月分までの賃料を、同年九月八日までに支払うよう催告し、同日までに支払われなかつたという理由で、同年九月十一日賃貸借契約解除の意思表示をしたと主張し、このような催告並びに契約解除の意思表示を受けたことは、被控訴会社の認めるところであるが、この催告は、賃貸借契約解除の前提としての催告としては効力がないと抗弁するので、その催告の当否について判断するに、

成立に争いのない甲第八号証の一と二、及び第九号証の一と二によれば、控訴人は昭和二十五年八月三十日被控訴会社に到達した内容証明郵便をもつて「当法人はさきに貴会社に対し、建物賃貸借解約の申出を致した通り、法人の目的たる公益事業のため、自ら使用することを必要とするもので、右申出後六ケ月の期間を経過する、即ち昭和二十五年十二月七日限り、貴会社の使用中である各室の明渡を求める。」旨催告し、該催告書に「尚昭和二十五年五月分、六月分、七月分の未払賃料、並びに左記電気料、水道料も、昭和二十五年九月八日迄に支払願いたい。」と附記し、その内訳として、

金一万六千五百八十二円   昭和二十五年四、五月分水道料

金一万四千七百五十円    同    年六、七月分水道料

金七千二十八円七十一銭   同    年五月分電気料

金八千九百七十七円     同    年六月分電気料

金六千三百六十三円二十四銭 同    年七月分電気料

計 金五万三千七百円九十五銭

と記載してあつたこと、その後同年九月十一日被控訴会社に到達した内容証明郵便をもつて「当法人は貴会社に対し賃貸したる当法人所有建物の賃料につき、さきに請求したところ、催告期間も経過したのに、その支払がないので、本通知書をもつて、賃貸借契約解除の意思表示をする。」旨通知した事実を認め得る。

成立に争いのない甲第三号証、第五号証、乙第一号証の一と二、原審における被控訴会社代表者田口銀蔵の訊問の結果により成立を認め得る乙第二号証の一と二、当審証人森田銀太郎、島村兵治郎の各証言と、原審及び当審における前記被控訴会社代表者の訊問の結果とを綜合すれば、被控訴会社において、本件建物の別紙記載の部分を賃貸するに当り契約証書の作成もなく、被控訴会社は控訴人に対し「借用期間中借用建物一坪につき毎月十円の割合を以て一ケ月宛取まとめ貴社へ寄附致度」と記載した寄附採納願なる書面を差入れたのであつて、控訴人の方で補導していた身体障害者を、被控訴会社に就職させたり、被控訴会社から控訴人の作業に、洋服の註文を斡旋するなど相互に厚意を示し合い、控訴人の方で、金融を求めたときは、被控訴会社から二、三十万円位を、何回か融通したこともあり、本件建物の賃料についても、支払時期を別段定めていなかつたので、月末に支払つたこともあれば、二、三ケ月分を、その後にまとめて支払うようなこともあり、時には支払の猶予を受けた例もあり、特に石井道則が控訴人たる財団法人啓成会を主宰していたときは、控訴人が社会事業として重要な事業を営むものであり、その所有建物を他に賃貸するが如きは、控訴人の公益法人としての性質上なし得ざるところであるとの見解の下に、被控訴会社より寄附金名義の賃料の支払を受けることを拒絶していたことが認められる。即ち賃料が寄附金名義にて支払われたことは、単に形式たるに止まらずして、賃貸借契約の内容に、事実上の影響を及ぼし、賃料支払は多く、被控訴会社の自発的行為に俟つたものと認め得る。素より被控訴会社は、控訴人より本件建物を賃借する以上、その賃料支払義務あることは当然であるが、しかし控訴人と被控訴会社間の賃料支払は右認定の如くであるのみならず、控訴人は原審において第一段の請求原因として、被控訴会社に対し、使用賃借契約の終了を理由として、本件建物の明渡を請求したのであり、換言すれば、控訴人は第一段の請求原因としては控訴会社に対し、賃料請求権なきことを自認していたものといゝ得るのである。

然るに本件記録によると、控訴人は原審における昭和二十五年七月十一日の口頭弁論において、同年六月六日附の準備書面にもとずき、予備的主張として始めて公益事業遂行の必要上、被控訴会社への賃貸部分の明渡を求める旨解約申入をしたものであり、この事実と前記甲第八号証(催告書)の記載とを綜合すれば、控訴人の発送した昭和二十五年八月二十九日附の催告書は、六ケ月の解約申入期間満了を理由に、同年十二月七日限り被控訴会社をして賃借部分を明渡させるため、明渡時期を明示して、予め明渡を請求する趣旨の書面であつて、この解約申入による明渡請求に関連して、附加的に昭和二十五年五月分から同年七月分までの賃料、同年四月分以降の水道料、同年五月分以降の電気料をも、合わせ請求したものと解せられ、即ち控訴人は被控訴会社の延滞賃料を附加的にのみ請求したに止る。然るに控訴人は突如として被控訴会社の賃料不払を理由として、賃貸借契約解除の意思表示をしたのである。こうした特種の関係に結ばれていた控訴人と被控訴会社との間柄において、両者間に存在する賃貸借契約を解除するには、その前提となる賃料支払の催告をするにも、普通よりは長期の期間を定めて、催告することを要するものと解すべきであり、前記のように、昭和二十五年八月三十日被控訴会社に到達した書面をもつて、同年五月乃至七月分の賃料七万八千円を、同年九月八日までに支払うよう催告したのは、催告期間としては、短かきに過ぎ、不相当であつて、催告自体その効力なきものと認めるを相当とする。

そうだとすれば、控訴人が主張する賃料債務の不履行を原因とする契約解除について、その前提となるべき有効な催告がなかつたことに帰するから、控訴人の本件明渡の請求は、その他の点について判断するまでもなく、失当として棄却すべく、結局においてこれと同趣旨に帰する原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第八九条、第九五条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 松田二郎 河合清六 岡崎隆)

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